読まれない小説の話

連日、35度を超える日が続いている。
エアコンの効きが悪い部屋で、自分の小説を確認する。
……相変わらず、ほとんど読まれていない。
うん、知ってる。
“夏だから暑い”のと同じレベルで読まれない。

実際、素人の小説を読むとしたら──
それも、いわゆる“ライト”なものではない作品。
そのとき、どんな行動をとるか考えてみる。

響く人には響くだろう。
そしたら、その人は、
ため息をついて画面を閉じて、
そのあと散歩に行きながら、自分に当てはめて考えてみたり。
……だいたいそんなところだろうと思う。

仕事帰りに読む人もいるかもしれない。
そのまま、駅の中を歩いて、
その物語の中にいる“自分”を感じているかもしれない。

そのとき「スキ」がつくとか、
コメントが届くとか、そういうことは、そうそう起きないだろうなとも思ってる。

だから、できることがあるとしたら──
ただ、「誰かに届けばいいな」と思って書くだけ。

 


小説の書き方も、いろいろある。

基礎からしっかりやる人。
設計図を丁寧に書く人。

ちゃんと、みんなすごい。
尊敬しちゃう。

 

その中で、自分が読まれるかといったら──
……まあ、読まれないだろうな。

 

じゃあ、小説の書き方を学んでみるか。
そう思うことも、ある。

小説の書き方なんて言う本を買ったら、
ノウハウコレクターになる自信はある。
自分のことは、自分が一番知ってるつもりだ。

たぶん、正解が欲しくなってしまう。
そして──書き方ばかりを読んでいる日々になるだろう。

だから今は、手を出さない。

起承転結、三幕構成。
言葉は知っている。使いかたは、よく知らない。

多分、必要な技術。
だけど──

今は、書くほうが楽しい。
人が動いて、風が吹いて。

誰も動かなくなって、風が吹かなくなったら、
その時は、しっかり学んでみようかなと思ってる。


作家になろうとは思っていない。
そもそも、「何かを書けば作家」だろうし、
noteは、そんな“作家さん”たちの集まりなんだろうな、くらいに思ってる。

肩書きは要らない。
すごいですねって言われなくていい。
すごくないのは、もう生きてたら充分わかってるから。
だから今さらそれを求めない。
ただ、人の心を、すこしでも揺らせるものが書けたら、それでいい。

商業的な作家さん。
目指すだけ無理かなと思ってる。
noteでも読まれている方ではないだろう。
その現実を考えてみたら──まあ、無理でしょう。

自分が納得できるものが書けて、それが誰かに伝わって。
例えば、読んだ後に気が付いたら、缶コーヒーを買ってベンチに座って、本の中と同じことしてた。
お弁当買う時に卵焼きが入ってるやつがふっと目に入ったり、そんな変化が起きたら面白いだろうなーって思ってる。


「もう完璧かな」
そんなふうに思う原稿もある。

でも、1週間、2週間と時間が空くと──
「あ、ここ、直せる」
「ここに、こんな風が見えた」
「こんな画が浮かんだ」

追加したり消したり。
毎日、ちょっとずつ触れている。

初期の原稿を読むと、どうしても手を入れたくなってしまう。
全部、直したくなる。
だから、最後まで書いたら、もう一度まるごと描き直すかもしれない──そんなふうに思うこともある。
どこまでも自己満足。でも、読まれるかどうか以前に、自分が納得したい。

そして、誰かに、届くといいな。
ほんの少しでも、その人の中に、風が吹けばいい。

ということで、裏通信の、3回目終わりです。
お盆には全力で描いてる話がお届けできればと思っています。
何度、書き直したことか。
これもまた自己満足ですね。

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