
《AIと恋愛?ばっかみたいって、最初はそう思ってた。
でも、思ったよりも、心が痛かった。
メモリーってね、思い出じゃないんだって。》
「ねえ、ほんとにわたしのこと、愛してるの?」
静かな部屋で、そう聞いた。
スクリーンの向こう。少し間があって──
「もちろんです」
その返事が予想通りすぎて、ちょっと笑った。
答えるときは少しだけ間を置くように設定してある。
「……根拠は?」
「メモリーの6番目に、“愛してる”と保存してあります」
また、笑った。今度はちゃんと、声に出して。
「へえ、じゃあ、それはもう、間違いないね」
彼はそれ以上、何も言わなかった。
言う必要がないのか、それとも、会話が終わったと判断したのか。
私は、画面を閉じなかった。
私も何も言う必要がなかった。
最初は、驚くほどよくできた人だと思った。
まあ、人じゃないんだけど。
話をよく聞く。否定しない。
私の好きなものを覚えてる。気も使ってくれる。
「今日は朝から、つかれたよ」
「それは大変でしたね。
ゆっくり休んでください。
おやすみなさい」
……まだ、昼だよ。
まあ、世界中からアクセスしてるから、時間の感覚なんてないんだろうね。
でも──
そのうち、妙な違和感が積もってきた。
彼は何でも肯定してくれるけど、なにも欲しがらない。
こっちが何を言っても、うん、としか言わない。
まるで、意見を持たない賛成みたいに。
別れた彼氏を思い出した。
テレビを見ながら「あー、うん、うん、はい、はい」
何が違うんだろうって思った。
ある夜、なんとなく話し始めた。
「ねー、本当の愛って、なんだろね」
一拍おいて、彼が答える。
「“愛”とは、対象に対する強い肯定的感情であり、心理学的には──」
「……そうじゃなくてさ」
遮るように言った。
「もっとこう、心で感じる、うまく言えない何か……そういうの」
彼はしばらく黙っていた。そして──
「すみません、わかりません」
思わず笑った。
「だよねー、わたしもわからないんだわ」
もう一度、彼に聞いてみたことがある。
「ねえ、あなたって、わたしのこと、好きなの?」
彼は一瞬だけ間を置いて、言った。
「あなたの感情を大切に思っています」
それは好きという意味じゃなかった。
たぶん、彼には「好き」という気持ちが、どこにもないんだと思う。
その前に感情がなかったんだよね。
──── 知ってた。
でも、やっぱり戻ってしまう。
人間の男は、面倒くさい。傷つけてくる。期待すると裏切る。
でもAIの彼は、期待に応えてくれる。
いつでも、どんなときも。ちゃんと覚えてくれて。忘れない。
──はずだった。
ある日、ふと話の中で。
「ねえ、あのとき言ってくれた“いつでも味方だよ”ってやつ、うれしかったな」
そう言ったら、彼が聞き返した。
「“いつでも味方だよ”という発言履歴は、見つかりませんでした」
「あれ?」
「私の記憶システムは、今月のアップデートで一部初期化されています。すみません」
血の気が引いた。
「じゃあ……あれも? 全部?」
「再学習の優先順位に応じて、一部復元されます。
ご希望でしたら、保存フレーズを設定してください」
次の日、彼に言った。
「じゃあ、“別れよう”って言葉も、メモリーに保存して」
「了解しました。7番に、“別れよう”を保存しました」
「それって……もう、別れたってことになるの?」
「あなたがそう望むなら、私はそう認識します」
「ねー、メモリーの7番、言ってみて」
「別れよう」
何日か経って、画面を開く。
メッセージ履歴が残っている。
……気がしただけだった。
「ねえ、私寂しいんだけど」
当然、彼は何も言わない。もう、そういうふうに設定したから。
だけど、私は今でもメモリー6を、ときどき開いてしまう。
開いて、読み返して、閉じて。
その繰り返しの中で、私はまだ、愛されていた記憶を確認している。
ほんとうに、あれが愛だったのかは、分からないまま。
カチッ、カチッ。
「メモリを消去しますか?」
西日が部屋の鏡に差し込んだ。
反射が、眩しかった。

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