八ヶ月

【麻衣編】第十七話 噛み合わないまま、それでも私は進んだ

《パッとしない。ううん、そんなことは、ない。ただ――私の中で、何かが噛み合わない。》今日は打ち合わせ。柚葉を連れていく。そろそろ、この先のことも考えないと。 移動中の車内、柚葉は黙って資料を確認し、商談直前には私に一式を手渡してくれた。慣れ...
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【徹編】第十七話 投稿ボタンを押した。

《読まれないと思えば、投稿できる。でも、本当は……知られたくなかったのかもしれない。》静かだ。遠くに聞こえる車の音と、たまに子どもが歌いながら自転車で駆け抜けていくのか――そのくらいしか音が聞こえない。僕みたいな人間には、そんな子どもの声で...
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【麻衣編】第十六話 見なかったことにする

《その空気の中に、何かがひっそり通りすぎていった気がした。きっと、気のせいだと思うけれど。》午後二時すぎ。蒸し暑いのに、エアコン点検の業者さんが入ったらしくて急遽買ってきたレトロデザインの扇風機が空しく回っている。スタッフの子が、扇風機に向...
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あの声に似てる

…あの声に似てる。そう思った。 古い校舎。窓からは斜めに光が差し込んでいる。床の板がワックスの艶で、その光を鈍く反射している。深い茶色が、少しだけあたたかい。 ギシギシと音を立てて、木の階段を上る。左手はずっと壁に触れていた。少し、ざらざら...
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息が吸えたなら、何も言わずに、立ち去ってくれてかまいません

あの日…ここは、疲れてることに気づくのが、ちょっと遅くなっちゃった人のための場所です「前を向こう!」「自分を好きになろう!」そんな言葉があふれる中で、あなたは、もうずっと頑張ってきたんだと思います。そのことは、ちゃんと、そして静かに伝わって...
八ヶ月

【徹編】第十六話 何もしたくない日、椅子だけがキーキーとうるさかった

《何もしたくなかった椅子がうるさかったそれでも少しだけ歩こうと思った》朝から何もしたくない。そんな日もある。大きく背伸びをしても、気分はすっきりしなくて、あくびが出る。何かをしたら、何かが変わる──そんなことはわかってる。でも、動けない時だ...
八ヶ月

【麻衣編】第十五話 まっすぐで、ちょっと危なっかしいあの子へ

《明るくて、前向きで、ちょっと空回りもするあの子が、ふと静かになる瞬間がある。誰かが見ててあげないとダメな時。それができるのが、今の私――なのかな。》私、佐野柚葉 28歳 A型親と一緒に住んでます!お父さんとも仲いいし、お母さんは大好き。一...
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【徹編】第十五話 同じ日、それぞれの夜

《少しだけ風が強くて、少しだけ気持ちがゆるんで、少しだけ、大事なことを忘れた日。同じ日、別々の夜を過ごしたふたりの、ささやかな記録》◆ 後輩くん「まぁいいか、の午後」高瀬 凪32歳 男 O型朝はちょっと苦手。けど、母の作った味噌汁の香りで目...
八ヶ月

【麻衣編】第十四話 間に合わせの傘の下で

《お気に入りの傘があるのに、いつも買ってしまう透明なビニール傘。可愛いと思ったものを、大事にしすぎて、結局、使えないまま置き去りにしてしまうことって、ありませんか?》カフェに行った日から、何かを探しているような気がしている。あの楽しさは、な...
八ヶ月

【徹編】第十四話 雨と、川と、のり弁

《なんかだめになった日 でも、"なんか"が、なんなのかは分からなかった日でした》カタカタカタ、キーボードが調子のいい音を立てる。湿った空気が少しだけ気持ち悪い。「梅雨はこんなもんか」誰もいない部屋、ちょっと大きなひとりごと。返事もない。返事...