八ヶ月

【徹編】第三十話 いつもに、風が混じっていた

昼前。部屋の空気は、ぬるかった。やる気のない扇風機が、カタカタと音を立てて回っている。風も、光も、閉じ込めたままの部屋。キーボードには、なぜか触れなかった。何も打たずに、時間だけが過ぎていく。昨日は、あれだけ書けたのに。アイスを食べてみたり...
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【麻衣編】第二九話 冷茶の香りと夏の影

久しぶりのおやすみ。少しだけ、ゆっくり起きた。 暑かったから、夜中に起きちゃったんだけどね。 カーテンを開ける。シャーっという、勢いのいい音。 スルスルと窓を開けると、もわーっとした空気が入ってきて、顔を背けた。 今日はだめね。慌てて、もう...
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【徹編】第二九 話手が、震えなかった

《特別なことは何もなかった。でも、たぶん今日は少しだけ、違っていた。自分でも理由はわからないけど。》朝、起きて顔を洗う。水の温度が、昨日よりもはっきり分かる!なんて言えたらよかった。でも、よくわからなかった。僕は──何を期待していたんだろう...
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ねえ、これ、コーヒーのお皿だよ

たまには、俺が作るよ。そう言って台所に立つと、子どもが「パパすごーい」って笑ってくれる。なんだか、ちょっと誇らしい。ジュージューって音がして、ソースの香りが立ちのぼって、なんだか料理って楽しいな、って思う。皿に盛りつけて、どや顔で出した。「...
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感情になる手前で

裏通信 第4回目執筆は、ようやく8月下旬分まで終わりそうです。季節に合わせて書いていきたいと思っているのだけど、こうも暑い日が続くと、秋がどんな匂いだったか思い出せなくて。ちょっと困っています。リアルタイムで書くのも手だけど、週4更新はさす...
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年に3回、焼きそばだけ。

《「パパすごーい」って、子どもが笑う。たまの焼きそばに、拍手が起きる。でも、365日のごはんを作ってる私は、だれにも、何も、言われない。》「たまには俺が作るよ」って、台所に立つ夫。鉄板の上で焼きそばを炒める姿に、子供は「パパすごーい」って言...
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【麻衣編】第二八話 時間のかかる美味しさ 

《朝の冷たいお茶。時間をかけて滲み出したその味は、少しだけ背筋を伸ばしてくれる。職場の熱量に混ざりきれず、足を向けたいつものカフェ。誰も悪くない、でも、自分の居場所が少しぼやける朝。焦らなくていい、急がなくていい。そんな言葉が、ゆっくりと体...
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【徹編】第二八話 ゴム手袋が外れた日

《「それ、トラウマかもよ」田所がそう言ったとき、俺はちょっと笑ってしまった。ただの水が甘く感じられた朝のこと。なにかが剥がれて、なにかが戻ってきたような──そんな、ちいさな感覚の記録です。》──あれは、なんだったんだろう。わからない。今も、...
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【麻衣編】第二七話 風が通り抜けた午後

《誰かに任せるのが、こんなに怖くて、嬉しいなんて思わなかった。静かな午後。風が抜けていくように、麻衣は少しずつ“自分の居場所”を整えていく。柚葉に託す勇気。和菓子屋で深く息をつけた冷茶の香り。前回から続く、麻衣の“静かな選択”の物語。》朝、...
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【徹編】第二七話 赤が赤に見える朝

《誰の声だったのか、ずっとわからなかった。でも、今日は──少しだけ、色が見える。夏の朝、ふと崩れた湯切りのあとに訪れた、身体の奥に触れるような静かな時間の記録です。》日曜の朝。もっとも、最近は曜日の感覚がどこかへ行ってしまった。カレンダーを...