【徹編】第二二話 181

《誰かが読むなんて思っていなかった。
だから、「数字」が動いた朝、戸惑って、少しだけ怖くなった。何かが起きたのかもしれない。
起きたのだとしたら、それは――》


朝。  

いつもの作業に、「ブログを開く」が加わった。  

コーヒーを飲みながら、カチャカチャ。

「はい?」

“181”という見慣れない数字が目に飛び込んでくる。  

まばたきが止まった。

181の圧に押されるように少し身を引いた。

マウスを動かす手が完全に固まった。

人差し指がボタンを押せずに浮いている。

頭が空っぽになった。

鼻から吸う空気が、ゆっくりと胸に入ってくるのがわかる。

意味がわからない。  

だって、昨夜は“2”。

クリックミス?  

なんか押し間違えたかな。  

でも、違うところは触ってない。

やっぱり、181だ。  

……なんか、逆に怖い。  

ドキドキしてきた。  

何が怖いのかもわからないけど、怖い。

「あー、そっかそっか」

何故か冷静なフリをした。

よくあることだよね、みたいな「そっかそっか」

何か言わないと181の圧に負けてしまいそうだったから。

まだ、何の準備もない。  

心の準備というか、そんなやつ。  

「よーい」って言われなくて、いきなり「どん!」だけを聞かされた感じ。

何が起きてるのか、調べようとした。  

どこから人が来たのか、どうして増えたのか。  

……結局、わからなかった。

ただ、数字は“220”を越えた。  

それから、ぴたりと止まった。

身を乗り出して画面を覗き込む。

二度三度カチャカチャやって再表示させてみた。

……故障?  

さすがに、それはないか。

分からないなりに考えても、わからないことは、わからない。

でも、何かが起きたのは、たぶん事実だろう。

後輩くんに言われてたんだよな。  

「アクセス解析、入れた方がいいですよ」って。

でもさ、いきなり何か起きるとは思ってなかった。  

あー、苦手なんて言ってないでやっておけばよかったよ。  

そしたら、この変な気持ちも少しはさっぱりしたかもしれないのに。

でも。

――書けば、何かが起きるのかもしれない。  

書いたから、起きた。

「作家」

ふと、その言葉が頭をよぎる。  

そんな馬鹿な。  

さすがにそれは、ないない。

でも、内側から「どん!」と動かされた気がした。

椅子から立ち上がった。
勢いをつけすぎて椅子が本棚にガツンとぶつかった。

スチールの引き出しから、A4のコピー用紙を取り出す。
紙の上に定規を載せる。
力を入れすぎてパチンという音がした。
息を止めて一気に線を引く。
ボールペンの先から少しだけ指に振動が伝わってくる。
繰り返し線を引く。

エクセルの方が、たぶん綺麗。
でも、今日は“人の線”が欲しかった。

ボールペンのインク溜まりが、少し擦れて汚れた。
それが、よかった。理屈じゃない。
ただ、そう思った。
自分の延長みたいに、感じる。

深く深く息を吸った。
息を吐きながら
「できたぁ」
声にならない声が出た。

プロット表。
物語がどう進むのかを、ここで確認する。

コピーして、机の上で穴を開ける。
ガチャン。
水色の紙のファイルに、束ねた。

しばらく、眺める。

勢いで作ったけど、何してるんだろう。
突然、止まった。
湧き上がってこない。
どう動いたらいいのかもわからない。
ただ、眺めてるだけ。

「うまくいくわけ、ない」
そんな声が、どこか遠くから――
いや、たぶん、自分の中から聞こえた気がした。

ゴミ箱に投げ捨てようとする。
でも――

叩きつけるように、捨てそうになったけど、
捨てられなかった。

ファイルは、パソコンの横にそっと立てかけた。

書くことに向き合う覚悟が、できてない。
……覚悟なんて、いるのか?
いらないのかもしれない。

昔、営業でよく知らない街をうろうろしていた頃、
やたら元気な社長に言われた言葉を、なぜか思い出した。
目の前にもしかしたら飛び越えられるかもしれない川がある
それを「えいっ」と飛んでしまえばいいだけなんだよ
そしてその川は深くないから途中で落ちても向こうまで歩いていけるんだ

……なぜか、それを思い出した。

少しだけ息を吸って、
太ももをバシンと叩く。

もう一度、プロット表を机に開いた。

――「頼りない星の下で」
なんだそれ、と自分でも思う。
でも、しっくりきた。
静かに、目を閉じた。

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