【徹編】第九話 乗り遅れてきた人生に、小さくうなずく日

《誰にも言わないまま、それでも僕は…》


朝はコンビニへ行った。
ドアの「ピンポーン」で少しだけ身体が反応した。
思ったより、自分が緊張していたみたいだ。

缶コーヒーを買うついでにビジネス雑誌を買った。
特集のタイトルは「伝わる聞き方・話し方」

なるほど、こんな質問の仕方があるのか…
人柄を引き出すって、こういう角度なら僕にも応用ができそうだ。
そう思いながら、気になった見出しの横に小さくメモをとる。
ページの紙は薄くてわずかに光沢があった。
まるで、めくられたくないように指先から逃げていった。

「どんな瞬間に自分を信じられましたか」
「日々のルーティンで、支えになっているものは?」

…なるほど。
小さく、けれど何度もうなずいた。

ありきたりといえばありきたりだけど参考になる。
僕の質問、ちょっとだけ堅かったかもしれないな。

ちなみにこんな質問されても僕は何も答えられないと思う。
僕はたぶん自分を信じてない。
日々のルーティンて言ったら缶コーヒーを飲むぐらい。
だめだよねこれじゃあ、なんて思ったけどまあそれが現実。

そして今もちょっとぬるくなってきた缶コーヒーを飲んでいる。
——今日はブラックだから、余計に苦く感じる。

やっぱり、結果を出してる人はすごいんだなぁ、なんて思いながら質問をまとめた。

ページをめくっていくと、若い人向けのチャレンジ特集が出てくる。
「起業するなら今!」「自分のメディアを持とう」
そんな見出しが並んでいて、どこかで見たことあるような、でも、どこかまぶしいような気がする。

その中に、ひときわ大きく載っていた。
“ブログで月収100万円!”

目を細めて読んでみると、SNSの拡散力、SEOの工夫、写真の撮り方、
そんなことが、いろいろと並んでいた。

「…僕も、ブログやってるけど、、人なんか来ませんよー」

ぽつりと呟いた声が、自分でも少し笑えてくる。
本気で稼ごうとしてるわけじゃない。
でも、やっぱり誰かに届いてほしくて書いてる。

そう思うと、この“月収100万”という言葉が、ちょっとだけ遠い。

遠いだけじゃない。やっぱり求めてないかもしれないな。
純粋に書いたもので勝負したいなんて、かっこいいこと言ってもしょうがないんだけど、なんかそんなことを思うんだ。
分かる人にはわかる。
そんなことを書いていきたい。

ページを閉じようとしたら、バサバサッと落としてしまった。
「はぁ…」
深く息を吐く。
表紙の角が、少しだけ手に引っかかった。

…人生を振り返ってみると、
なんだかいつも、“ブーム”のちょっとあとを歩いてきた気がする。

ブログが流行ったころには仕事が忙しくて手を出せず、
YouTubeが盛り上がってきたころには、自分の顔を出すなんて無理だと思っていた。

気がつくと、いつも、流行りものには一歩出遅れていた。

なんか、乗り遅れてばっかりの人生だなあ。
気づくと、そんな風に思ってしまう。
どこかでタイミングがあって、どこかでしっかりと乗れていたら、
何かが変わっていたのか、それとも結局変わらなかったのか。
それは今となっては分からないことだ。

乗り遅れて、転んで、上手くいかなくて、それも、僕なんだ。
それでもなんとか、誰にも迷惑をかけないように、
華々しくないけど、生きてきた。

それって、なんか…今日に限っては、それだけは認めたい気がする。
うまく言えないけど、
「それでも今ここにいる自分」に、小さくうなずきたくなった。
まあ乗り遅れたことには変わらないんだけどさ。
そう思いたい。

さて、一通りの準備は出来たはず。
ノートも確認した。
ボイスレコーダーの電池も……ふたを開けたとき、「パチン」と嫌な音がした。
少し爪がひっかかりながらも入れ替えて、録音も再チェックした。

事務的なことを全部終えたはずなのに、
まだ心がどこか落ち着かない。
やっぱり緊張しているのか、まだ。
たぶん、そうなんだろう。

この緊張とも付き合いは長いな、考えてみると。
多分、中学ぐらいの時には既にこんな感じだった。
教科書を読むときも、前に出て黒板に書くときも、運動会も…
僕はいつもどこかで緊張していた。
それが当たり前過ぎて…緊張してない自分を想像できない。

何か気分転換。
カフェ…行こうかと思ったけど、
今日はなんとなくやめておいた。

あのいつもの椅子に座ってしまったら、たぶんダメ。
これは分からないけどダメなんだと思う、うん。

今は向かい合う時。
この緊張や、もしかしたら自分なのかもしれない。

…なんだろうね、こういうの。

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