【徹編】第七話 取材という日

《久しぶりの取材。
ただの仕事のはずだったのに、言葉にできない何かが、ずっと引っかかっていた。》


お情けの仕事か…

朝から、なんとなく情けなさが胸に残っていた。

ボイスレコーダー、取材ノート、そしてボールペンを鞄に詰める。
万年筆もあったけれど、今日はやめておいた。

万年筆は、何かを“したためる”ときに使いたい。
そうじゃないと、どこか自分を大げさに見せている気がして落ち着かない。
ボールペンの方が、今日みたいな日にはちょうどいい。

人との会話、それを思うだけで、シャツの首元が妙にきつく感じた。

出がけに鏡を見て、「具合が悪くなって帰れたら…」なんてくだらないことが頭をよぎる。

「…なに考えてんだ、俺」
自分で呆れて、吐き出すように小さく声にした。

僕がなんとか社会人としてやってこれたのは、
その時々に“肩書き”という鎧があったからだと思う。
編集部員、営業、編集長、、
どれも、自分を守ってくれる“名札”だった。

その中にいれば、自分が少しだけ痛くない気がした…
そんなふうに、思ってた。

取材先の事務所に着いたとき、喉が妙に乾いていた。
ドアの前で深呼吸を一つして、「すみません」と声をかける。

思っていたよりも声が裏返りそうになって、慌てて喉を整える。

「はーい、今スタッフの子が出ちゃってて、、」

声の方を振り向くと、ふわりと現れた女性がいた。
思わず息をのんだ。
カフェで…何度か見かけた人。
まさか、彼女が取材相手だったなんて。

名刺交換。
「中原と申します」

名刺を差し出す指が緊張して、感覚が変だ。
相手の名刺には、“早川麻衣 代表”の文字。

代表、か…
ちゃんと地に足がついてるんだな、と思った。

それに対して、自分の名刺。
“フリーライター”。

どこか地面から浮いているような肩書き。
社会に根を張っていない気がして、
少し、引け目を感じた。


事務所の応接スペースに通される。
椅子が90度に配置されていた。
多分、そういうことが大切なんだろう。

たったそれだけのことなのに、自分の中の“いつもの段取り”が、最初から少し狂った気がした。

鞄を開けてノートを取り出そうとする手が、ぎこちない。
顔を上げたとき、彼女と目が合いそうになって、慌てて視線を逸らした。

緊張してるのは、バレたくない、
…いや、もうとっくにバレてるか。

でも、仕事だけはちゃんとやりたかった。
せっかく与えてもらった、社会との繋がりなんだから。

人に感情を込めて何かを尋ねるなんて、自分には難しい。
だから、ノートに書いた質問を、一語一句確認しながら読み上げていく。

言葉が少し硬くなるのが、自分でもわかる。
でも、これが今の自分の精一杯だった。

彼女は丁寧に応じてくれた。
穏やかで、無理のない受け答え。
ときどき僕が詰まると、やさしくフォローを入れてくれた。

…二度、気づけば助けられてばかりだった。
情けない…そう思った。
ありがたさも感じていた。
フォローがなかったら…そう思うと少し怖い。

取材が終わったとき、ノートの表紙に手を置いた。

何も間違ってはいない。
でも、何かが気になる…
それが何なのか、自分でもわからない。


まっすぐ家に帰る気になれなかった。
どこかへ行きたかったわけでもない。
ただ、人混みに紛れていたかった…。

夜。
ようやく帰宅して、ノートを開く。
録音を聞き返しながら、取材内容を文章に起こしていく。

彼女はとても立派な人だった。
言葉に迷いがなく、芯がある。
経営者としての経験やビジョンも明快で、語られるエピソードにも説得力があった。

…なのに、どこか違和感があった。

テキストに起こした言葉を眺めながら、
ふと浮かんでくるのは、彼女の目…。

あのとき、ほんの少しだけ間が空いた気がする。
一瞬だけ、返事が遅れたような。
それは、気のせいだったかもしれないけれど――。
ほんの一瞬だけ見えた、寂しさの混じった目。

目が合ったわけじゃない。
でも、たしかに何かを感じた。

それが気のせいなのか、ただの憶測なのか、自分でもわからない。
でも、文章にしようとすればするほど、あの“わからなさ”が、ずっと引っかかっていた。

たぶん、あれは僕の中にもある。
そんな気がした。

慣れないことをして、今日は少し疲れた。

引き出しの中の万年筆をちらりと見る。
「また、今度でいいか」
そう呟いて、そっと閉じた。

まだ、あれを使うには早い気がした。
きちんと“何か”をすくい取れるようになるまでは、
インクが、言葉に追いつかない気がして。

ベッドに横になって、何を聞き出せなかったのかを考えていた。
書けなかった何か…。

…もう、寝よう。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

この回の、相手側からの視点もあります。
すれ違いのようで、どこか重なっている一日。

もしよければ、もう一方も読んでみてくださいね。

🕊️ このエピソードと静かに呼応する、もうひとつの物語。
👉 【麻衣編】第七話 「取材の日」

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