【麻衣編】第三一話 見せることと、見られること

今日は語る会の日。
何を着ていこうか、考えていなかった。
前なら、前日からどう見られるかをすごく気にしていただろう。
多分、美容室にも行っていたと思う。
暑いし、何しても崩れるから。
そう思った。
そういうことにした。

うちの会社は夏のお休みが少し長め。
その油断もあるかもしれない。

昼間はゆっくり過ごした。
結局服は薄手のデニムのサラッとワンピースにした。
なんとなく、それでいいと思った。
髪も束ねただけ。
お化粧も薄く。

見られること。
見せること。

似ているけど、全然違う。
そんなことを、思った。

トークの会場はすぐに分かった。
「こちらです」
相変わらずの爽やか君ね、高瀬さんは。
柚葉が気にしてるのもわかる気がする。

中に入ると、知っている方、話だけは聞いたことのある方、そして、和菓子屋さんの女将さんもいた。

(女将さん、喜代子さんて言うのね)
座るところに名前が置いてあった。

そばへ行って、ご挨拶をする。
「そのお洋服、あなたらしくていいわね」
そして微笑んでくれた。
気持ちがふわっとした。

中原さんが居た。
目が合った、しっかりと。

もっと頼りなさそうな人じゃなかったかしら?
背筋も少し伸びているような。
一回り大きく見えた。

私、顔が緩んだかも。
瞬きをして顔を戻した。

でも、つい、目で追いたくなる。

少し油断し過ぎかな。
女将さんと目があった。
微笑んでいた。
……なんか、照れくさくなった。

会は順調に進んでいた。
前なら、積極的に話さなくちゃ、なんて思っていたかもしれない。

でも、今日は、皆さんのお話を聞いていたい気分だった。

笑える昔ばなし。
このお祭りの成り立ち、考え方 。
なるほどなって思うこともたくさんあった。
気がついたら少し身を乗り出して聞いていた。

不穏な空気が一瞬流れた。
中原さんのお父様の話? 

中原さんが頭を下げていた。
息が苦しくなった。
視線を少し逸らしたかった。

喜代子さんが声をかけて、すぐに場が和んだ。
私の知らない世界がある。
私の知らないところで、色々なことがあるんだろうなぁと思った。

まっすぐに頭を下げていた。
その姿が焼き付いていていた。

会も無事に終わった。
みなさん、中原さんのところへ、ご挨拶に向かう。
その波が引くまで、バッグの中身を片付けるふりをしていた。
喜代子さんが小さく手を降ってくれた。
小さく振って、頭を下げて応えた。

今日は、二言、三言しか発言しなかった。
でも、今までよりも充実した気持ち。
いつも、感覚がわからなくなるくらい握っていた左手が痛くなかった。
手のひらに爪の跡もない。

会場から出ると、ふわっと風が流れていた。

中原さんが背伸びをしているのを見かけた。

声をかけた。

「お疲れさまでした」
少し声が高くなっていたかもしれない。

眺めていきませんか、この祭り

一緒に見る
それが、自然だと思った。
また、顔が緩んだ。

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