【麻衣編】第二九話 冷茶の香りと夏の影

久しぶりのおやすみ。
少しだけ、ゆっくり起きた。

暑かったから、夜中に起きちゃったんだけどね。

カーテンを開ける。
シャーっという、勢いのいい音。

スルスルと窓を開けると、
もわーっとした空気が入ってきて、顔を背けた。

今日はだめね。
慌てて、もう一度窓を閉めた。


いろんなことを任せた。
そしたら、いろんなものがなくなった。

ここに何を入れたらいいのかは、まだわからない。

もちろん、それが寂しさじゃないことは分かってる。
ただの、空白。


冷蔵庫へ行って、昨日仕込んだ冷茶を飲む。
この頃のお気に入り。

冷たい。
冷たいだけじゃない。
味がはっきりわかる。

香りが、いつもより立っている。
……お茶っ葉が違うからかな。


寝起きのだるさはある。
でも、普段より一歩目がすっと出る。

身だしなみを整える。
髪をとかす。
ブラシがストンと落ちる。

ファンデーションは薄く。
目は少し丁寧に。

でも、マスカラはいいや。
口紅は薄く、リップで。

おやすみなのに、なぜか整えたくなる。
見せるためじゃなくて、気分がいいから。


暑いけど、せっかくだから少しだけ外出。

肌がチリチリするような日の光。
日傘はさしてるけど、道路の照り返しが眩しい。
靴から、道路の熱が上がってくる。

息を吸うと、それだけで体温が上がる。
これはだめ!

ショッピングモールに入った。

袖口や襟元から、冷たい風がいきなり入ってきた。
ブルブルッと震える。

深呼吸をする。
肺まで冷たくなる。

そこから、全身に涼しさが広がる。

「はぁーっ」

硬い床を歩く音が、少し鈍く聞こえる。
まだ体の中に、熱がある。


アイスを買う。
たくさんの色が、四角い箱の中に綺麗に並んでいる。

店員さんが、丸い大きなスプーンのようなもので、
少し硬めのアイスをすくい取る。

お気に入りのラズベリー。
今日は、バニラと重ねる。

重ねた丸いアイスから、指先に冷たい空気が降りてくる。

そのまま急いで、外の日影のベンチへ。
外で食べたかった。


舌で一舐め。
冷たくて、舌が一瞬逃げた。

甘さがあとからきた。
バニラの香りが、舌の上に溶けていく。

いつもより、美味しい。

今までも……味はあった。
でも、何かを考えていた。

プラン、クライアント、見られ方。

食べてたけど、食べてなかった。
そんなことを考えた。


風が熱い。
日差しに照らされた木の葉の黒い影が、遅れて揺れている。

溶けるアイスを食べながら、葉っぱの影を見ていた。
ゆらゆら、ゆらゆら。

自分の影を見る。
手を動かすと、同じタイミングで手を振り返す。

ずっと、そこに居たんだよね。

そのまま、影と一緒に帰ってきた。


部屋に入る。
汗を拭う。

ご当地タオル。
仕事でデザインしたもの。

ふわふわだったけど、何年も使っていたらゴワゴワになった。
でも、それが気持ちよくて、柔軟剤は使ってない。

お化粧を落とす。
肌が息を吹き返した。

ソファに深く寄りかかる。
エアコンつけておいたから、ソファがひんやりしてる。

冷茶を注いで、一口。


スマホが震えた。

中原さん。
来るかなって、思ってた。

目を閉じて、静かに出る。

落ち着いた声。
この前とは、少し違う気がした。

心臓は早くならなかった。
力を抜いていていい気がした。

企画のご挨拶。
企画は午後からのスタート。

最後まで、落ち着いた声だったなぁ。
夏祭りかぁ。


午後の日差しに照らされていたグラス。
水滴が、連なって流れた。

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