
《「なんかね、順調だよ?
大丈夫、だよね?」
黙っていられなくなるくらい、
静かな日だった。》
朝、アラームの前に目が覚めた。
お天気もいい。
こんな日は、だいたい順調だ。
……なのに、順調すぎる気がした。
そう、ちょっと前ならだいたい順調。
今は、わからない。
ここのところ、ちょっといろいろありすぎた気がする。
仕事がうまくいって、
柚葉との関係も一歩進んだと思う。
柚葉の影響なのか、
他の子達も以前より意識が変わってきてる。
「どうやるか」
そんな意識が出てきて、
質問の質みたいなものが、変わり始めてる。
メールチェック、資料の確認、リマインダーの整理。
決まっていた打ち合わせも、予定通りに進んでいく。
柚葉が先回りしてくれていたおかげで、
特に言うこともなかった。
言うことがなさ過ぎて、
さみしくもある。
私も、いろいろ変えていかなくちゃね。
お昼は、いつもの商店街。
お惣菜屋さんの、お弁当屋。
今日は卵焼きの入ったやつに間に合った。
一番好きな卵焼きが、おかずの中心にどーんといる。
あ、ラッキー。
そう思ったのに、
口に入れても、そこまで嬉しくなかった。
美味しかった。
でも――それだけだった。
あっさりと流れていく時間。
以前より内容は、濃い。
でも、サラサラしてる。
午後も、滞りがない。
今日は、大丈夫。……なのよね?
新人スタッフからの質問もちゃんと整理されていて、
一つ一つ答えるだけで済んだ。
柚が、質問の仕方を教えているらしい。
みんな、アイコンタクトを交わしながら、
小さなノートに何かを書いている。
そのノートを、いつも携えている。
たぶん、あれが、柚葉スタイル。
それだけのノートだから、
ふと――中身を見てみたくなった。
そのくらい、柚は、なにかすごい子なの。
こういう日が続けば、
仕事はきっとうまくいく。
たぶん、間違いなく、ストレスもない。
そんな日々、
いろいろな展開も思い浮かぶだろうと思った。
そう思うのに、
どこか“心”が、余っている気がした。
持て余した心。
そんな時に、少し余計なことが浮かぶ。
元気かしら?
カフェで、あったのが、しばらく前。
忙しい時は気にしてない、
気にしないようにしてる。
少しの余裕が、今は……ね。
何も起こらない。
波もなく、引っかかりもなく、
ただ予定通りに時が流れる。
昔の私なら、
そんな日を「ありがたい」と感じていたはず。
そして、たぶん、変化をどこかで望んでいた。
でも、ここ最近、
何かが変わる瞬間をたくさんくぐり抜けてきたから、
“何かが起きる”を
どこかで期待している。
スタッフの成長も、
新しい案件の始まりも、
自分自身の、言葉にならない変化も――
慣れ、とでも言うのかな。
動き出すこと、何かを感じること。
立ち止まっても、また揺れること。
変化がある日常が、
いつの間にか“当たり前”になっていた。
夕方、窓から差し込む光がきれいだった。
部屋の隅に長く伸びる影を見て、
少し、静かすぎるなと思った。
物足りないんじゃなくて、
穏やかで、少しだけ冷えた、静か。
夜ごはんの献立は、朝に決めていた。
冷蔵庫にあるもので充分なはずだった。
特別な工夫もいらない。
……そのつもりだったけど、卵がなかった。
なんだか、変な感じがした。
忙しい日々が続いてたから、
買い足すタイミングを逃してたのかもしれない。
でも、今日みたいな日は、
そんなことも妙に気になる。
整いすぎてると、
逆に不安になるのは、なんでだろう。
そんなことを思いながら、深く息を吐く。
何も考えずに、調理道具を並べていく。
今日は、何もなかった。
本当に、何も。
それが、
ほんの少しだけ――こわいと思った。
猫のぬいぐるみに話しかける。
「なんかね、順調だよ?
大丈夫、だよね?」

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