【麻衣編】第七話 取材の日

《「こうすれば、うまくいくはず」
そう信じて、私たちは“理想の自分”を繕う。

だけど、本当にそれでよかったのかな…》


今日は、申し込まれていた取材の日。
朝から、どこか落ち着かない。

“自立した女性”
かつて自分が目指したその言葉が、今日は“取材される側”として形になった気がした。

その実感が、少しだけ誇らしくて、
でも、少しだけ怖かった。

いつもより、7分だけ丁寧にメイクをした。
けれど、鏡に映る自分は「いつも通り」にしか見えない。

…大丈夫なのかな、私。

不意に浮かんだその言葉に、口元だけが笑った。

服は、勝負服のパンツスーツ。
「できる女」になりきろうとする自分がいる。
手には、お気に入りのCOACHのバッグ。

歩きながら、ふとショーウィンドウに映った自分の姿を見て、
「ちょっと気合い入れすぎ?」と苦笑した。

昔、雑誌の切り抜きで見た“理想の女性”。
今の自分は、まるでその中の一人みたいだった。

取材の時間が近づいてくる。
スタッフの子には、外回りの用事を頼んで外してもらった。
緊張している姿は、誰にも見せたくなかった。

自分でもわかる。
笑顔が、どこか硬い。

事務所のドアが開いて、「すみません」という、少し覇気のない声がした。
反射的に、「今スタッフの子が出ちゃってて…」と口にする。
まるで、言い訳をするみたいに。

そして視線を向けて…言葉が止まった。

そこにいたのは、カフェで何度か見かけた男性だった。
名前も知らないけれど、どこか印象に残っていた人。

今日は、いつもより表情が硬い。
緊張しているんだろうか。

名刺を渡される時、
その手の距離に、妙な“よそよそしさ”を感じた。

「早川麻衣です」
できるだけゆっくりと、余裕があるふりをして名乗った。

「中原徹さん、、」
名前を目で追いながら、ふと気づく。
名刺を差し出した彼の手が、少し震えていた。

目は、あまり合わない。
頼りなさそうで、でも、どこか頑なな表情。
名刺を渡すときの距離…
まるで、心がずっと向こう側にあるみたいだった。

中原さんをテーブルに案内したけれど、私は向かいには座らなかった。
どこかの雑誌で読んだことがある。
人と向かい合って座ると、無意識に敵対心が生まれるって。

だから椅子は、最初から90度に配置しておいた。

生まれて初めての取材。
ちゃんといい印象を持って帰ってほしい。
そう思うのは、当たり前だよね…と、自分に言い聞かせた。

中原さんは、目も合わせずに鞄を探りながら、
こそこそとノートを取り出した。
そこに、取材の内容が書いてあるらしい。

ノートを読むように、質問が続いていく。
一瞬、棒読み?って思った。

でも、聞き取りにくい部分も、一語一句しっかり発音していて、
正確に伝えようとしてくれているのは、伝わってきた。

だけど…温度は、感じなかった。
雑談もなく、淡々と取材は進んで、終わった。
最後まで、目はほとんど合わなかった。

でも、一生懸命、“聞こうとしている人”だった。
それだけは、ちゃんと伝わった。
それだけが、強く印象に残っていた。

取材は、たぶん上手じゃなかった。
けど……嫌じゃなかった、かも。


夜。
風呂場で湯を張りながら、昼間の取材を思い出す。

…私、あの椅子の角度を事前に考えて配置してた。

まだどこかで思ってるのかもしれない。
「こうすればうまくいく」っていうマニュアルが、
きっとあるはずだって。

それをトレースしていけば、
“理想の自分”になれるんだって、
どこかで、まだ信じてるのかもしれない。

…でも。

私の“理想”って、なんだっけ。

蛇口から垂れた水が、ぽちゃん…と浴槽に落ちる。

…何滴目かの音が響いた頃、私は波紋に指を差し入れた。
ただ、揺らしたかっただけ。
意味なんて、なかったのかもしれない。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

この回の、相手側からの視点もあります。
すれ違いのようで、どこか重なっている一日。

もしよければ、もう一方も読んでみてくださいね。

🕊️ このエピソードと静かに呼応する、もうひとつの物語。
👉 【徹編】第七話 「取材という日」

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