
《その言葉だけは、どこかに残ってしまった。》
いよいよ明日は、取材。
別にいつもの自分でいいはずなのに、「どう見られるか」が少し気になる。
自分をよく見せたい。
それって当たり前のことだと思う。
でも、それは“自分”なんだろうか――ふと、そんな感覚が浮かんでくる。
どこかで借りてきたような笑顔、受け取ってほしい言葉、それっぽい振る舞い。
それが「私」なのかどうか、よく分からないときがある。
離婚して、パートもして、親に頭を下げて出資もしてもらって――
ようやく、独立できた。
誰かの手を借りながらも、自分の足で立てるようになったのは、紛れもなくひとつの到達点だ。
夢が形になった。
そう言っても、きっと間違いじゃない。
なのに、モヤモヤがずっと離れない。
何が足りないのか、自分でも分かっているのかもしれない。
でも、それを見るのが怖いから、触れないようにしている。
知らないふり、考えないふり。
それでやり過ごせるうちは、それでいい。
とりあえず、恥ずかしくない自分を見せてこよう。
取材での私は、“自立した女性”の象徴として紹介されるはずだ。
その姿が、もしかしたら――誰かの「私にもできるかも」という希望になるのかもしれない。
そう思えば、多少の無理だって、悪くはない。
そんなふうに気持ちを整えていたら、スマホにメッセージが届いた。
「みんなで集まるけど来る?」
送ってきたのは、近所のママ友グループの一人だった。
“ママ友”と言っても、私はママじゃない。
子どもはいないし、たぶんこれからもいない。
それでも、仕事の関係や地域の活動の流れで、いつの間にかその輪の中にいることになった。
どこか間違っているような、でも声がかかったからには断りにくいような――
そんな微妙な温度のまま、「行くね」とだけ返信した。
指定されたカフェに着くと、奥の席に4人が集まっていた。
誰かが手を振ってくれて、それに応える。
みんな、笑っていた。
私も、会えて嬉しいと思った。
この日常の延長線のような時間が、少しだけ心を軽くしてくれることもある。
学生時代の話、昔流行ったドラマやアイドルの話、子どもの習い事や進学の話。
話題は次々と移り変わっていく。
みんな、自分が思っていたような人生を歩んでいるのか、
それとも思ってもいなかった道を進んできたのか――
それは、きっと本人たちにしか分からない。
でも、今をこうして笑いながら生きている。
そこには、確かに小さな連帯感があった。
ただ、子どもの話題になると、少しだけ心が引っかかる。
何気ない流れの中で、ひとりの友人が言った。
「麻衣ちゃんって、仕事が恋人みたいなもんだよね」
笑いながらの言葉だった。
悪気なんて、まったくない。
軽く言っただけの、いつもの冗談。
でも、その言葉が、どこか深く刺さった。
刺さって、抜けなかった。
私は笑った。
笑って、ちゃんとその場にいた。
話の流れも壊さず、タイミングよく相槌を打って、また笑って。
3時間ほど、そんなふうに時間が過ぎていった。
そして、解散。
笑い疲れた顔で歩き出したけれど、途中で足が止まった。
まっすぐ家に帰る気になれなかった。
理由は分からない。
時間はちょうど夕方。
夕ご飯の時間。
なんとなくのまま歩いて、橋を渡って、いつもの夜の商店街へ行ってみた。
人ごみに紛れる仕事終わりの人たち。
忙しそうに買い出しをする、お母さんなのかな――
みんな頑張ってるんだなと思うと、私もなんか救われる気がした。
いつも買ってるお惣菜屋さんの前を過ぎると、甘い匂いがした。
普段ならそこにはない、大きな車。
ピンク色で、クレープの看板が路上に置かれている。
並んでいる女子高生の後ろに、私も並んでみた。
次々に交わされる笑い声。
楽しそうに体を動かしている姿を見て、私も「こんなときがあったんだよなぁ」と思った。
バナナにチョコをかけて、生クリームをトッピングして、くるっと丸めたクレープ。
小さなベンチに座って食べながら、あの頃の私が今の私を見たら、なんて思うのかな――なんて考えた。
予定とは違うことも、たくさんあった。
でも、頑張ってここまで来たこと。
たぶん、あの頃の私も認めてくれるだろう。
そんなことを思った。
ふと、制服を着た私が頭の中に浮かんで、
「それでいいの?」って言われた気がした。
さみしいような、温かいような。
今日は、赤い空なのよね。
🕊️ このエピソードと静かに呼応する、もうひとつの物語。
👉 【徹編】第五話 「取材という名の怖さ」
※取材前夜、それぞれが抱えていた“言葉にならない気持ち”を描いています。

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