小説

八ヶ月

【麻衣編】第十八話 こういう夢ならもう一度

《聴いたことのあるメロディなのに、曲名だけが思い出せない。でも、気づいたら口ずさんでいた――記憶も気持ちも、ぜんぶ曖昧なままなのに、なぜか今日は、それでいい気がした。》打ち合わせを終えて、午後からの出社。車が一台通れるくらいの、細い道。重な...
八ヶ月

【徹編】第十八話 予期せぬ連載

《今日は何も起こらない――はずだった。だけど、それは突然始まる。》今日は、何もない静かな日になる予定だった。何の音もしない、誰も来ない。というか、僕にはそれほどの予定もない。だから毎日、静かなのかもしれない。さすがに嫌になる時もあるよ。でも...
八ヶ月

【麻衣編】第十七話 噛み合わないまま、それでも私は進んだ

《パッとしない。ううん、そんなことは、ない。ただ――私の中で、何かが噛み合わない。》今日は打ち合わせ。柚葉を連れていく。そろそろ、この先のことも考えないと。 移動中の車内、柚葉は黙って資料を確認し、商談直前には私に一式を手渡してくれた。慣れ...
八ヶ月

【徹編】第十七話 投稿ボタンを押した。

《読まれないと思えば、投稿できる。でも、本当は……知られたくなかったのかもしれない。》静かだ。遠くに聞こえる車の音と、たまに子どもが歌いながら自転車で駆け抜けていくのか――そのくらいしか音が聞こえない。僕みたいな人間には、そんな子どもの声で...
八ヶ月

【麻衣編】第十六話 見なかったことにする

《その空気の中に、何かがひっそり通りすぎていった気がした。きっと、気のせいだと思うけれど。》午後二時すぎ。蒸し暑いのに、エアコン点検の業者さんが入ったらしくて急遽買ってきたレトロデザインの扇風機が空しく回っている。スタッフの子が、扇風機に向...
八ヶ月

【徹編】第十六話 何もしたくない日、椅子だけがキーキーとうるさかった

《何もしたくなかった椅子がうるさかったそれでも少しだけ歩こうと思った》朝から何もしたくない。そんな日もある。大きく背伸びをしても、気分はすっきりしなくて、あくびが出る。何かをしたら、何かが変わる──そんなことはわかってる。でも、動けない時だ...
八ヶ月

【麻衣編】第十五話 まっすぐで、ちょっと危なっかしいあの子へ

《明るくて、前向きで、ちょっと空回りもするあの子が、ふと静かになる瞬間がある。誰かが見ててあげないとダメな時。それができるのが、今の私――なのかな。》私、佐野柚葉 28歳 A型親と一緒に住んでます!お父さんとも仲いいし、お母さんは大好き。一...
八ヶ月

【徹編】第十五話 同じ日、それぞれの夜

《少しだけ風が強くて、少しだけ気持ちがゆるんで、少しだけ、大事なことを忘れた日。同じ日、別々の夜を過ごしたふたりの、ささやかな記録》◆ 後輩くん「まぁいいか、の午後」高瀬 凪32歳 男 O型朝はちょっと苦手。けど、母の作った味噌汁の香りで目...
八ヶ月

【麻衣編】第十四話 間に合わせの傘の下で

《お気に入りの傘があるのに、いつも買ってしまう透明なビニール傘。可愛いと思ったものを、大事にしすぎて、結局、使えないまま置き去りにしてしまうことって、ありませんか?》カフェに行った日から、何かを探しているような気がしている。あの楽しさは、な...
八ヶ月

【徹編】第十四話 雨と、川と、のり弁

《なんかだめになった日 でも、"なんか"が、なんなのかは分からなかった日でした》カタカタカタ、キーボードが調子のいい音を立てる。湿った空気が少しだけ気持ち悪い。「梅雨はこんなもんか」誰もいない部屋、ちょっと大きなひとりごと。返事もない。返事...