
《何気ない日常の中で、言わなかったこと、言えなかったこと。
手伝わない彼と、何も言わない私のあいだに、今日もテレビの音が流れている。
……ビールは、冷蔵庫の奥にしておいた。》
ごはんを食べ終わったあと、
テーブルの上には、使い終わった皿とコップが残っている。
ぬるくなったお茶も、そのまま。
私は椅子を引いて、ゆっくり立ち上がる。
音を立てないように、ひとつずつ手に取っていく。
背後から、テレビの音。
野球中継の実況が、部屋の空気を揺らす。
「なんで打たないんだよ」
夫の声。リモコンを握りしめたまま、苛立ったように吐き捨てる。
グラスを持つ手に、少し力が入った。
私は、思う。
——なんで、手伝わないんだよって。
でも、それは飲み込む。
冷めたままの茶碗といっしょに、流しへ運ぶ。
蛇口をひねると、水が一気に流れ出す。
テレビの音がやけに大きくて、
水の流れる音も、自分のため息も、かき消される。
冷蔵庫の奥の方。
わざと見えないところに、ビールは押し込んだ。

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