【徹編】第十八話 予期せぬ連載

《今日は何も起こらない――はずだった。
だけど、それは突然始まる。》


今日は、何もない静かな日になる予定だった。
何の音もしない、誰も来ない。

というか、僕にはそれほどの予定もない。
だから毎日、静かなのかもしれない。

さすがに嫌になる時もあるよ。
でも、しょうがない。

今はまだ、何かが見えないんだ。

このまま、たまにゴーストライターの仕事をしたり、
ブログを書いたり、取材を回してもらったり……

そんな人生も、悪くはないかなと思う。
うまく波に乗れない僕なりに、生きてるなとは思う。

いつものカフェへ行くつもりだったけど、
それもなんか違う気がしていた。

何を意識してるのかはわからないけれど、
何かを掴みたい。

何かを掴んだ自分で、会ってみたい。
そんなことも考えた。


「おはよーございまーす、生きてますかー先輩!」

この声は――あいつだ。後輩くん。
後輩くんは、いいやつだ。
僕の“生存確認”をしてくれている。

……まあ、サボりたいだけかもしれないけど。

若い子に慕われるのは、悪い気はしない。
後輩くん用に微糖の缶コーヒーも買ってある。
彼はブラックが少し苦手みたいだったから。


「先輩、今日はいい話を持ってきましたー!」

嫌な予感がする。
だいたい、“元気のいい奴のいい話”は、トラブルの元だ。笑

「先輩、今身構えましたよね?
 悪い話じゃないんですって、聞いてくださいよ!」

悪い話を「悪い話です」って持ってくるやつなんて、いないだろう。

後輩くんに缶コーヒーを渡して、
僕も飲みかけを一口、流し込んだ。


「でー、なんだ。社長賞でももらって、飯でも食わせてくれるのか?」
「うーん、惜しい!」

……お、惜しいのか?

「じーつーはー、連載が決まりました!
 先輩のブログの!」

「えええ?」

思わず立ち上がる。

「だから、先輩のブログが連載になるってことですよ!」

訳がわからない。惜しい!はどこに消えたんだ?
僕のブログ……あれのことか?

「いいか、落ち着け。一旦整理するからな。
 僕のブログの記事が、雑誌の連載として載るってことなのか?」

「落ち着いてますよ?」
「そこじゃない!そのあとだよ!」

「そうです、先輩のブログが――」
「まてまてまて。なんで僕のブログを知ってるんだ?誰が知ってるんだ?」

「ああ、今朝発表したから、もうみんな知ってますよ」

「そうじゃなくて……提案したのは誰ですか?」

「はいっ!」

なんでこいつ、そんなに誇らしそうなんだ?


「先輩、この間ブログ開いたままトイレ行ってたじゃないですか?
 そのとき見たんですよ」

……ああ、あれか。お前、見てたのか。
まぁ、見るも何も、公開してあるものは、見るのは自由だもんな。

「なんかいいなって思って、編集長に掛け合ってみたんです。
 なかなか話がまとまらなくて、遅くなっちゃってごめんなさい」

謝られちゃったよ。
僕は頭を抱えた。

後輩くんの暴走……
でも、これは……

「で、それは……いつからなんだ」
「今日が初回の締め切りだから、もう印刷に回してます!」

「おいおいおいおい……」


「これで先輩も、連載コーナー持ってるライターですよね!
 話まとめるの、けっこう頑張ったんですよ?」

「編集長がですね、ブログ見たまま“うーん……”って腕組みしてしばらく黙ってて、
 そのあと“これは男の魂だな”って言ったんですよ」

「……それで決まったのか?」
「はいっ!」(ニコニコ)

編集長もよくわからない人なんだよなぁ。
僕の後任で、あの独特な雰囲気で仕事を回してる。
この頃はまた売上も復活してきてるらしい。

ちょっとだけ、嫉妬したい気分もある。

でも、僕は、彼のような突破力がなかった。
そして、自分から降りたんだ。


「どの記事から始めるんだよ……」
「えーと、これです!」

……これか。
背中を、嫌な汗がつーっと流れた。

裸の自分が見られてるような気がした。

これが表に出る……
いや、もう出てるけど。


「あ、ペンネームは『中葉 薫』にしておきました。
 ブログだから名前たどられると、嫌じゃないですか」

「あとこれが、中葉 薫の名刺です。
 安いやつなんで、編集長から経費でOK出てます!」

名刺を受け取って眺める。

中葉 薫 なかは かおる

これが新しい僕の名前か。
名付け親は、後輩くん……

なんとなく、中原徹の雰囲気も残ってるのね。

後輩くんは、仕事ができるのか、気が利くのか……わからない。


「じゃあ、これが契約書で、ここにサインお願いしまーす!」

中身に目を通す。

――えっ、いいの? こんなにもらって。

「いい仕事するでしょ?」(ニヤ)

やっぱり後輩くんは、いいやつだ。
そして、何かしら問題を置いていく……

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