
《今日は何も起こらない――はずだった。
だけど、それは突然始まる。》
今日は、何もない静かな日になる予定だった。
何の音もしない、誰も来ない。
というか、僕にはそれほどの予定もない。
だから毎日、静かなのかもしれない。
さすがに嫌になる時もあるよ。
でも、しょうがない。
今はまだ、何かが見えないんだ。
このまま、たまにゴーストライターの仕事をしたり、
ブログを書いたり、取材を回してもらったり……
そんな人生も、悪くはないかなと思う。
うまく波に乗れない僕なりに、生きてるなとは思う。
いつものカフェへ行くつもりだったけど、
それもなんか違う気がしていた。
何を意識してるのかはわからないけれど、
何かを掴みたい。
何かを掴んだ自分で、会ってみたい。
そんなことも考えた。
「おはよーございまーす、生きてますかー先輩!」
この声は――あいつだ。後輩くん。
後輩くんは、いいやつだ。
僕の“生存確認”をしてくれている。
……まあ、サボりたいだけかもしれないけど。
若い子に慕われるのは、悪い気はしない。
後輩くん用に微糖の缶コーヒーも買ってある。
彼はブラックが少し苦手みたいだったから。
「先輩、今日はいい話を持ってきましたー!」
嫌な予感がする。
だいたい、“元気のいい奴のいい話”は、トラブルの元だ。笑
「先輩、今身構えましたよね?
悪い話じゃないんですって、聞いてくださいよ!」
悪い話を「悪い話です」って持ってくるやつなんて、いないだろう。
後輩くんに缶コーヒーを渡して、
僕も飲みかけを一口、流し込んだ。
「でー、なんだ。社長賞でももらって、飯でも食わせてくれるのか?」
「うーん、惜しい!」
……お、惜しいのか?
「じーつーはー、連載が決まりました!
先輩のブログの!」
「えええ?」
思わず立ち上がる。
「だから、先輩のブログが連載になるってことですよ!」
訳がわからない。惜しい!はどこに消えたんだ?
僕のブログ……あれのことか?
「いいか、落ち着け。一旦整理するからな。
僕のブログの記事が、雑誌の連載として載るってことなのか?」
「落ち着いてますよ?」
「そこじゃない!そのあとだよ!」
「そうです、先輩のブログが――」
「まてまてまて。なんで僕のブログを知ってるんだ?誰が知ってるんだ?」
「ああ、今朝発表したから、もうみんな知ってますよ」
「そうじゃなくて……提案したのは誰ですか?」
「はいっ!」
なんでこいつ、そんなに誇らしそうなんだ?
「先輩、この間ブログ開いたままトイレ行ってたじゃないですか?
そのとき見たんですよ」
……ああ、あれか。お前、見てたのか。
まぁ、見るも何も、公開してあるものは、見るのは自由だもんな。
「なんかいいなって思って、編集長に掛け合ってみたんです。
なかなか話がまとまらなくて、遅くなっちゃってごめんなさい」
謝られちゃったよ。
僕は頭を抱えた。
後輩くんの暴走……
でも、これは……
「で、それは……いつからなんだ」
「今日が初回の締め切りだから、もう印刷に回してます!」
「おいおいおいおい……」
「これで先輩も、連載コーナー持ってるライターですよね!
話まとめるの、けっこう頑張ったんですよ?」
「編集長がですね、ブログ見たまま“うーん……”って腕組みしてしばらく黙ってて、
そのあと“これは男の魂だな”って言ったんですよ」
「……それで決まったのか?」
「はいっ!」(ニコニコ)
編集長もよくわからない人なんだよなぁ。
僕の後任で、あの独特な雰囲気で仕事を回してる。
この頃はまた売上も復活してきてるらしい。
ちょっとだけ、嫉妬したい気分もある。
でも、僕は、彼のような突破力がなかった。
そして、自分から降りたんだ。
「どの記事から始めるんだよ……」
「えーと、これです!」
……これか。
背中を、嫌な汗がつーっと流れた。
裸の自分が見られてるような気がした。
これが表に出る……
いや、もう出てるけど。
「あ、ペンネームは『中葉 薫』にしておきました。
ブログだから名前たどられると、嫌じゃないですか」
「あとこれが、中葉 薫の名刺です。
安いやつなんで、編集長から経費でOK出てます!」
名刺を受け取って眺める。
中葉 薫 なかは かおる
これが新しい僕の名前か。
名付け親は、後輩くん……
なんとなく、中原徹の雰囲気も残ってるのね。
後輩くんは、仕事ができるのか、気が利くのか……わからない。
「じゃあ、これが契約書で、ここにサインお願いしまーす!」
中身に目を通す。
――えっ、いいの? こんなにもらって。
「いい仕事するでしょ?」(ニヤ)
やっぱり後輩くんは、いいやつだ。
そして、何かしら問題を置いていく……

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