
《読まれないと思えば、投稿できる。
でも、本当は……知られたくなかったのかもしれない。》
静かだ。
遠くに聞こえる車の音と、たまに子どもが歌いながら自転車で駆け抜けていくのか――
そのくらいしか音が聞こえない。
僕みたいな人間には、そんな子どもの声でも救われることがあるんだよ。
自慢じゃないけど、今日は誰とも話していない。
あー あー
声を出してみる。
時々、音が消えてしまったのかも、なんて不安になるんだ。
そして、声は出るよな?って確認もしたくなる。
何してるんだか。
フリーライターのおっさんなんて、そんなもんだ。
冷蔵庫から缶コーヒーを出す。
バタン、という閉まる音が部屋に響いた。
一口飲んで、その冷たさに大きく息を吐く。
静かなのは嫌いじゃない。
自分と向き合える時間がある。
忙しさに流されているよりは、ましな気もするんだ。
もちろん、忙しさに流されていたほうが、考えなくて済むっていうのもあるけど。
それでも、おっさんには考えなきゃいけないことがあるんだよ。たぶん。
後輩くんも忙しいのか、「ちょっと色々」と言ってから来ていない。
あいつは、あれでいい。
若い人が伸び伸び動いてるのを見るのは、気持ちがいい。
たまに忘れっぽいところもある。
この間も夜、メールを待っていたんだけど結局こなかった。
次の朝メールが届いたと思ったら、企画をブラッシュアップするとかで…
一体何の企画だったのかよく分からない。
見切り発車で「資料を送ります!」って、
多分、元気が有り余っているんだろう。
若い奴はあのくらい暴走気味な方がいい。
一生懸命さが伝わると、こっちも何とかしてやろうって思う。
何かミスでもしたら、僕が頭を下げてやろう。
僕が謝ったところで、何の価値もないかもしれないけど。
そんなことを思った。
「ブログの下書きでもするかぁ」
誰かに向かってでもなく、声を出した。
この頃は少しだけ、ほんの少しだけだけど、来てくれる人が増えた。
たまにコメントが残っていたりすると、とても嬉しくなる。
僕は、まだ社会と繋がってる。
少しの安心感と、少しの不安がある。
ラジオをつけた。
「目は心の窓」みたいなことを言っている。
麻衣さんの目が浮かぶ。
カフェで隣にいた、あのときの匂いが、コーヒーの香りに重なった。
少し黄ばんだキーボード。
これは背伸びをして、プログラマーっぽいと思って無理して買ったやつ。
男は好きなんだよ、プロっぽい物が。
他の人はどうなのか、僕だけなのかもしれないけど。
意外と手に馴染むし、同じものをずっと使っている。
底の足は折れてしまって、取り替えてもいいんだけど……なんか、捨てられない。
少しくらい欠けていても、まだ役に立つ。
僕自身を、そこに重ねているのかもしれない。
キーボードに話しかける。
「さて、書くか」
ゆっくりと、黄ばんだキーを叩き始めた。
ブログの下書きフォルダを開く。
そう、少しの不安が、ここに書いてある。
自分宛てなのか、誰に届いてほしいのか……
なんか気持ちがごちゃごちゃするから、そのまま下書きに入れた。
一度、読み返してみた。
もう一度、読み返してみた。
でも、どこを直したいのか、結局わからなかった。
これでいいのか?
届くのか?
誰が読むのか?
誰も読まないかもしれない。
そう思うと、少しだけ楽になる。
でも――
読まれないと思わないと、投稿なんて怖くてできない。
ラジオのアナウンサーの笑い声がうるさい。
でも、消すと静かになりすぎる。
今は静けさに、耐えられない。
僕は、そんなところまで中途半端なのか…
しばらく下書きを眺めていた。
どのくらい眺めていたのかは、自分でも分からない。
体に力が入る。
気持ちが、ぐちゃぐちゃする。
カチッ。
自分でクリックしたのか、間違ったのか、
僕にも分からない――投稿ボタンを押した。
嫌な汗が出てきた。
画面を閉じた。
両腕がジーンとしていた。
自分の言葉が、他人の中に溶けていく。
間違った形で、届いてしまうかもしれない。
もしかしたら、名もなき批判を気にしているのか。
……違うな。
僕は、僕を知られることが、怖いのかもしれない。
マウスから、なかなか手が離れない。
深く息が、吸えなかった。
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