【麻衣編】第十五話 まっすぐで、ちょっと危なっかしいあの子へ

《明るくて、前向きで、ちょっと空回りもするあの子が、
ふと静かになる瞬間がある。

誰かが見ててあげないとダメな時。
それができるのが、今の私――なのかな。》


私、佐野柚葉 28歳 A型

親と一緒に住んでます!
お父さんとも仲いいし、お母さんは大好き。
一人暮らし? 考えてはいますよ、考えては。

でも、お母さん心配だし、ね。
私がもっとお母さんのフォローできたらなぁ、なんて。
……まぁ無理ですけど。
「落ち着きなさい」って、いつも言われてます。笑


仕事は好きです。
麻衣さんのことも、もちろん。
あ、麻衣さんって、うちの早川社長。

たとえば、夜遅くまでプレゼンの準備してても、
次の日にはヒールでカツカツって綺麗に歩いてくるんですよ。
そういうの見てると、あぁ、私もああなりたいって、思います。

一応? 頑張ってるけど……まだまだかな。
この前、ちょっと遅くまで残ってみたけど、途中で眠くなっちゃって。笑


でも、一昨日のプレゼン。
同行させてもらって、これは要るだろうなって資料を入れておいたんです。
そしたら、そこ突っ込まれて。
「はい」って社長に渡したら、目でナイス!って。
……あれ、嬉しかったな。

帰ってからお父さんにその話をしたら、
「調子に乗ってもいいけど驕るなよ」って言われて。
うーん、お父さんたまに難しいこと言う。
やっぱり人生の先輩って感じですかね、そういうところは。
テレビのリモコン振り回して野球中継見てないとかっこいいんですけどね。笑


まだ私、全然だめなのかな……って、
そのあと、ずっと考えてました。

でも、答えって出ないんですよね。
そういうとき、私は会議室のホワイトボードを消すんです。
マーカーの、あのうっすら残った跡。
……あれ、みんな気にならないんですか? 私だけかな。



「ありがとう、助かったよ」

昼過ぎに送ったLINEを、もう一度開く。
既読になっているだけで、柚葉からの返信はなかった。

あの子、なんとなく……言葉を受け取ると、一拍置いてから動くタイプだ。
即レスじゃないのは、たぶん真面目さの裏返し。

もともと、気が利く子だった。
でも最近、ちょっと違う。
“目”が変わってきた。


「社長、あの件、追加で資料に入れた方がいいですよね?」
「たぶん、先方、そこ突っ込んでくると思うんです」

打ち合わせの前に声をかけてくれたとき、そう思った。
私はまだ指示してなかったのに、先回りして資料を仕込んであった。
あの判断力、あの距離感……あれ?
私、前に誰かに同じようなこと言われて、そういう動きしてたことあったかも。
誰だったっけ。
……インターンの時かな。昔過ぎて覚えてないわ。笑


……少しだけ、気になったことがある。

プレゼンのあとの柚葉、テンションがほんの少し高すぎた。
嬉しかったのはわかる。
でも、資料を出す手がちょっと早くて、ページの順番を一瞬だけ確認し直してた。
それに、終わったあともずっと、目の動きが忙しかった。

「ちゃんとしなきゃ」と「認められたい」が重なったとき、ああなる。
本人は平気な顔をしてても、ああいうときこそ、少し危ない。

私も、そうだった。
目の前にあるものを全部握ろうとして、
でも、いちばん大事なものを落としそうになったことがあった。


「柚葉ちゃん、麻衣さんのこと、憧れてるみたいですよ」

内緒ですけどって、別の子から聞いた。
聞き流しかけて、ちょっと戻ってしまった自分に気づいた。
“憧れ”なんて、そんな……。

でも、もしかしたら、そうなのかもしれない。

私にもいた。
尊敬してた女性の先輩。

その人のスーツの色の合わせ方とか、プレゼンの間の取り方とか。
目で盗んで、真似して、ぜんぜん追いつけなくて。

でもそのたびに、
「でも、私もあんなふうに……」って、心の中で言い訳のように呟いてた。


そうか。
今の私も、そう見えてるんだ。
――ちょっとだけ、くすぐったい。

もう一度LINEを開いて、「ほんとに助かったよ」と追伸のスタンプを送る。
そこにハートとか笑顔とかつけるのは照れくさくて、
ちょっと無表情なネコのスタンプを選んだ。


コーヒーを飲みながら、窓の外を見上げる。
雲がゆっくり動いていた。

私も、まだ途中なんだけどね。

でも――
背筋は少しだけ、伸びていた。
今、私が、背中を丸めたらだめだから…

大人って…見せるって…そういう事よね。

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