
《朝ごはんの湯気にほっとした日。
ふいにスマホに表示された名前が、
思っていたより、自分の中に残っていた。》
朝7時。
今週は、特に忙しくない。
今朝は少しゆっくりの朝。
朝ごはんを作ったのは、いつぶりだろう。
卵焼き、お新香、お味噌汁。
白いご飯は昨夜セットしておいた。
シンプルだけど、
こんな食事は体の中から整う気がする。
白い湯気のご飯。
これだけで朝って感じがして、ほっとする。
両手を合わせて「いただきます」。
一人でも「いただきます」をちゃんと言う。
お行儀なんかじゃなくて、
自分が気持ちいいから。
昨日の取材も、久しぶりにゆっくり対応できた。
テーマは「地元で輝く女性」。
……そう言われて、正直、まんざらでもなかった。
自分なりに、ここまで頑張ってきたとは思う。
どこかで、誰かがそう見てくれているのかもしれない。
そう思ったら、ほんの少しだけ、胸の奥があたたかくなった。
取材のときも、たぶん、うまく話せた。
話題が商店街の取り組みに及んだとき、
「一人で全部やったわけじゃなくて、みんなの力です」
って言ったら、中原さんがうなずきながらメモを取っていた。
必要なところでは、ちゃんとフォローもできたし、
無理に盛った話をしたつもりもない。
中原さんのことを思い出す。
不器用そうにノートを読みながら、
一言一言、丁寧に質問をしていた。
……目は、あまり合わせてくれなかったけど。
私、怖い顔してたかしら?
なんとなくそんなことを思って、ふっと笑ってしまう。
でもまあ、誠実な人だったと思う。
一生懸命、“ちゃんとしよう”としている人。
取材されながら、なんとなくそう感じた。
ゆっくり支度をして、いつもの時間に事務所へ。
今朝の足取りは、いつもより少しだけ軽かった。
スタッフと雑談しながら、
溜まっていたメールをチェックしていたそのとき、
スマホが鳴った。
表示された名前を見て、ふと心が動く。
「あ……中原さん」
そう思った瞬間、あれ?と気づく。
名前、登録してる……?
いつの間に……。
登録した覚え……あるような、ないような。
たぶん、“仕事だから”って、
自分に言い聞かせて登録したんだと思う。
でも、そんなふうに登録してる番号、他にいくつある?
……気にしてない。
うん、たぶん……気にしてない。
……はず。
数秒、画面を見つめたまま、指が止まっていた。
深呼吸をして、ようやく電話に出た。
少しだけ上ずった声で、追加の取材をお願いされた。
「もっと、魅力を伝えたくて……」
魅力、……?
私が?
……違う違う、そういう意味じゃない。
仕事をしている“私のこと”、だよね。
うん、そう、そういうこと。
でも――
中原さんの声は、たしかに迷いがなかった。
不思議と、
ああ、この人は今ほんとにそう思ってるんだな、
って思えた。
ちょっと照れくさいのをごまかすように、
「いいですよ」と返した。
電話を切ったあと、スタッフの子がニヤニヤしながら言う。
「社長、デートですか?」
「そんなのじゃないわよ、ただの追加取材よ」
「え〜? ほんとですか?
社長、いつもと顔が違った気がして……」
この子は、別に悪い子じゃない。
ちょっと人をからかうのが癖なだけ。
……でも、私も、からかわれるのは嫌いじゃない。
それだけ、人間関係ができてるっていう証明だと思ってる。
「だ・か・らー!」
怒るふりをして、大笑いする。
笑い声にまぎれて、
自分の声が少し高くなったのが、自分でもわかった。
体温が少し上がったのは、
たぶん――大笑いしたから。
……たぶん、それだけ。

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