
《頑張れないのか、頑張り方を忘れたのか…》
今朝は、起きるのがしんどかった。
重いというより、だるさが残っていた。
布団から出るのも、本当にきつい。
たいした距離を歩いたわけでもないのに、ふくらはぎが痛い。
緊張していたせいだろう。
気を張っていた分、どっと疲れが、少し遅れて出てきた感じがする。
こんな日に限って、缶コーヒーもない。
インスタントも切れていた。
仕方なく、近所の自販機まで歩いた。
背筋を伸ばして体をほぐしながら――腰を反らせた瞬間、鋭く痛みが走る。
あぶない、もう少しでぎっくり腰だった。
……もうね、おっさんは無理しちゃだめなんですよ。
まぁ、こんなおっさんだからね。
頑張ったところで、どーなるもんでもないしねぇ。
無理しない方が、いいんだよ。いろいろと。
こんな日に限って、缶コーヒーがやけに美味かった。
午前11時。スマホが鳴った。
「…勘弁してくださいよ」
思わず、そんな言葉が口をついて出る。
画面に表示された名前は、元職場の後輩だった。
昨日、入稿したばかりの取材記事についての連絡だった。
構成の都合で、もう少し“人となり”がわかる内容を加えてほしいらしい。
言葉を選びながらも、実質「再取材を頼めるか」という話だった。
「取材のアポから自分で、ってさ…」
缶コーヒーを口に運びながら、ため息をひとつ。
昨日の取材の場面が、頭の中にじわりと戻ってくる。
「…あれだけ緊張したんだぞ」
誰に言うでもなく、小さくつぶやいた。
鞄の中を探って、ヒビの入ったスマホを取り出す。
次に、名刺入れ。昨日もらった名刺をそっと引き出す。
早川麻衣。
彼女の一瞬だけ見えたさみしそうな目が、ふと浮かんだ。
時計を見ると、もうすぐ昼。
たぶん、今ごろは昼食か、外出か、
タイミングを外せば迷惑になるかもしれない。
もう少しあとにするべきか――
そんなことを考えかけて、そんな自分に呆れる。
……こんな気持ちで、昼飯なんて食えるわけがない。
スマホを持つ手が、少しだけ汗ばんでいる。
電話をかける緊張……というよりも、
あの人に再び言葉を向けるということに、妙な戸惑いが混ざっていた。
指が、自分のものじゃないみたいにぎこちない。
つい、心の中で願ってしまう。
「出るな…出るな…」
そう思っていた瞬間、
「中原さん?」
受話器の向こうから、彼女の声が聞こえた。
思わず背筋が伸びた。咄嗟に姿勢を正した自分に、自分で少し驚く。
昨日、まともに目も合わせられなかったくせに……
なにを意識しているんだろう。
声が、少しだけ震えた。
追加の取材をお願いする言葉が、思ったより滑らかに出てこない。
「…あの、僕がミスしたわけじゃなくて、構成の都合で…」
言い訳みたいな言葉が並んでいきそうになる。
でも、それを押しとどめるように、
「もっと…ですね、魅力を伝えたくて。
はい、人として、経営者として…
もしお時間いただけるようでしたら…」
自分でも意外なほど、まっすぐな言い方だった。
麻衣さんは、驚くほどあっさりと「いいですよ」と言ってくれた。
その瞬間、身体の芯がふっと緩んだ気がした。
たぶん、どこかで構えていたんだ。
断られても仕方ない、という逃げ道を用意していた自分に気づいた。
僕はそんなやつなのか…
冴えないおじさんに、同情してくれたんだろうな……
そんな風に思いながら、ソファにぐったりと身を投げ出す。
天井を見ながら、左手に持った名刺を顔の前にかざす。
「麻衣さん、かぁ…」
名前を声に出すと、なぜか体に少しだけ力が入った。
何かが始まりそうなわけじゃない。
でも、何かが“ちゃんと続いていく”ような気がした。
とりあえず、アポが取れたことを後輩に伝えなければならない。
もう一度、スマホを持ち直して立ち上がる。
その拍子に、ソファがギシッと大きな音を立てた。
「…うるさいな」
誰にともなく、そうつぶやいて、
スマホを握りなおした。

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