
《「こうすれば、うまくいくはず」
そう信じて、私たちは“理想の自分”を繕う。
だけど、本当にそれでよかったのかな…》
今日は、申し込まれていた取材の日。
朝から、どこか落ち着かない。
“自立した女性”
かつて自分が目指したその言葉が、今日は“取材される側”として形になった気がした。
その実感が、少しだけ誇らしくて、
でも、少しだけ怖かった。
いつもより、7分だけ丁寧にメイクをした。
けれど、鏡に映る自分は「いつも通り」にしか見えない。
…大丈夫なのかな、私。
不意に浮かんだその言葉に、口元だけが笑った。
服は、勝負服のパンツスーツ。
「できる女」になりきろうとする自分がいる。
手には、お気に入りのCOACHのバッグ。
歩きながら、ふとショーウィンドウに映った自分の姿を見て、
「ちょっと気合い入れすぎ?」と苦笑した。
昔、雑誌の切り抜きで見た“理想の女性”。
今の自分は、まるでその中の一人みたいだった。
取材の時間が近づいてくる。
スタッフの子には、外回りの用事を頼んで外してもらった。
緊張している姿は、誰にも見せたくなかった。
自分でもわかる。
笑顔が、どこか硬い。
事務所のドアが開いて、「すみません」という、少し覇気のない声がした。
反射的に、「今スタッフの子が出ちゃってて…」と口にする。
まるで、言い訳をするみたいに。
そして視線を向けて…言葉が止まった。
そこにいたのは、カフェで何度か見かけた男性だった。
名前も知らないけれど、どこか印象に残っていた人。
今日は、いつもより表情が硬い。
緊張しているんだろうか。
名刺を渡される時、
その手の距離に、妙な“よそよそしさ”を感じた。
「早川麻衣です」
できるだけゆっくりと、余裕があるふりをして名乗った。
「中原徹さん、、」
名前を目で追いながら、ふと気づく。
名刺を差し出した彼の手が、少し震えていた。
目は、あまり合わない。
頼りなさそうで、でも、どこか頑なな表情。
名刺を渡すときの距離…
まるで、心がずっと向こう側にあるみたいだった。
中原さんをテーブルに案内したけれど、私は向かいには座らなかった。
どこかの雑誌で読んだことがある。
人と向かい合って座ると、無意識に敵対心が生まれるって。
だから椅子は、最初から90度に配置しておいた。
生まれて初めての取材。
ちゃんといい印象を持って帰ってほしい。
そう思うのは、当たり前だよね…と、自分に言い聞かせた。
中原さんは、目も合わせずに鞄を探りながら、
こそこそとノートを取り出した。
そこに、取材の内容が書いてあるらしい。
ノートを読むように、質問が続いていく。
一瞬、棒読み?って思った。
でも、聞き取りにくい部分も、一語一句しっかり発音していて、
正確に伝えようとしてくれているのは、伝わってきた。
だけど…温度は、感じなかった。
雑談もなく、淡々と取材は進んで、終わった。
最後まで、目はほとんど合わなかった。
でも、一生懸命、“聞こうとしている人”だった。
それだけは、ちゃんと伝わった。
それだけが、強く印象に残っていた。
取材は、たぶん上手じゃなかった。
けど……嫌じゃなかった、かも。
夜。
風呂場で湯を張りながら、昼間の取材を思い出す。
…私、あの椅子の角度を事前に考えて配置してた。
まだどこかで思ってるのかもしれない。
「こうすればうまくいく」っていうマニュアルが、
きっとあるはずだって。
それをトレースしていけば、
“理想の自分”になれるんだって、
どこかで、まだ信じてるのかもしれない。
…でも。
私の“理想”って、なんだっけ。
蛇口から垂れた水が、ぽちゃん…と浴槽に落ちる。
…何滴目かの音が響いた頃、私は波紋に指を差し入れた。
ただ、揺らしたかっただけ。
意味なんて、なかったのかもしれない。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
この回の、相手側からの視点もあります。
すれ違いのようで、どこか重なっている一日。
もしよければ、もう一方も読んでみてくださいね。
🕊️ このエピソードと静かに呼応する、もうひとつの物語。
👉 【徹編】第七話 「取材という日」

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