【麻衣編】第五話 刺さったままの言葉

《その言葉だけは、どこかに残ってしまった。》


いよいよ明日は、取材。
別にいつもの自分でいいはずなのに、「どう見られるか」が少し気になる。

自分をよく見せたい。
それって当たり前のことだと思う。
でも、それは“自分”なんだろうか――ふと、そんな感覚が浮かんでくる。

どこかで借りてきたような笑顔、受け取ってほしい言葉、それっぽい振る舞い。
それが「私」なのかどうか、よく分からないときがある。

離婚して、パートもして、親に頭を下げて出資もしてもらって――
ようやく、独立できた。
誰かの手を借りながらも、自分の足で立てるようになったのは、紛れもなくひとつの到達点だ。
夢が形になった。
そう言っても、きっと間違いじゃない。

なのに、モヤモヤがずっと離れない。

何が足りないのか、自分でも分かっているのかもしれない。
でも、それを見るのが怖いから、触れないようにしている。
知らないふり、考えないふり。
それでやり過ごせるうちは、それでいい。

とりあえず、恥ずかしくない自分を見せてこよう。
取材での私は、“自立した女性”の象徴として紹介されるはずだ。
その姿が、もしかしたら――誰かの「私にもできるかも」という希望になるのかもしれない。
そう思えば、多少の無理だって、悪くはない。

そんなふうに気持ちを整えていたら、スマホにメッセージが届いた。
「みんなで集まるけど来る?」
送ってきたのは、近所のママ友グループの一人だった。

“ママ友”と言っても、私はママじゃない。
子どもはいないし、たぶんこれからもいない。
それでも、仕事の関係や地域の活動の流れで、いつの間にかその輪の中にいることになった。

どこか間違っているような、でも声がかかったからには断りにくいような――
そんな微妙な温度のまま、「行くね」とだけ返信した。

指定されたカフェに着くと、奥の席に4人が集まっていた。
誰かが手を振ってくれて、それに応える。
みんな、笑っていた。
私も、会えて嬉しいと思った。

この日常の延長線のような時間が、少しだけ心を軽くしてくれることもある。

学生時代の話、昔流行ったドラマやアイドルの話、子どもの習い事や進学の話。
話題は次々と移り変わっていく。

みんな、自分が思っていたような人生を歩んでいるのか、
それとも思ってもいなかった道を進んできたのか――
それは、きっと本人たちにしか分からない。

でも、今をこうして笑いながら生きている。
そこには、確かに小さな連帯感があった。

ただ、子どもの話題になると、少しだけ心が引っかかる。

何気ない流れの中で、ひとりの友人が言った。

「麻衣ちゃんって、仕事が恋人みたいなもんだよね」

笑いながらの言葉だった。
悪気なんて、まったくない。
軽く言っただけの、いつもの冗談。

でも、その言葉が、どこか深く刺さった。
刺さって、抜けなかった。

私は笑った。
笑って、ちゃんとその場にいた。
話の流れも壊さず、タイミングよく相槌を打って、また笑って。
3時間ほど、そんなふうに時間が過ぎていった。

そして、解散。

笑い疲れた顔で歩き出したけれど、途中で足が止まった。
まっすぐ家に帰る気になれなかった。
理由は分からない。

時間はちょうど夕方。
夕ご飯の時間。

なんとなくのまま歩いて、橋を渡って、いつもの夜の商店街へ行ってみた。

人ごみに紛れる仕事終わりの人たち。
忙しそうに買い出しをする、お母さんなのかな――
みんな頑張ってるんだなと思うと、私もなんか救われる気がした。

いつも買ってるお惣菜屋さんの前を過ぎると、甘い匂いがした。
普段ならそこにはない、大きな車。
ピンク色で、クレープの看板が路上に置かれている。

並んでいる女子高生の後ろに、私も並んでみた。
次々に交わされる笑い声。
楽しそうに体を動かしている姿を見て、私も「こんなときがあったんだよなぁ」と思った。

バナナにチョコをかけて、生クリームをトッピングして、くるっと丸めたクレープ。
小さなベンチに座って食べながら、あの頃の私が今の私を見たら、なんて思うのかな――なんて考えた。

予定とは違うことも、たくさんあった。
でも、頑張ってここまで来たこと。
たぶん、あの頃の私も認めてくれるだろう。
そんなことを思った。

ふと、制服を着た私が頭の中に浮かんで、
「それでいいの?」って言われた気がした。

さみしいような、温かいような。

今日は、赤い空なのよね。


🕊️ このエピソードと静かに呼応する、もうひとつの物語。
👉 【徹編】第五話 「取材という名の怖さ」

※取材前夜、それぞれが抱えていた“言葉にならない気持ち”を描いています。

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