2025-07

八ヶ月

【徹編】第二八話 ゴム手袋が外れた日

《「それ、トラウマかもよ」田所がそう言ったとき、俺はちょっと笑ってしまった。ただの水が甘く感じられた朝のこと。なにかが剥がれて、なにかが戻ってきたような──そんな、ちいさな感覚の記録です。》──あれは、なんだったんだろう。わからない。今も、...
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【麻衣編】第二七話 風が通り抜けた午後

《誰かに任せるのが、こんなに怖くて、嬉しいなんて思わなかった。静かな午後。風が抜けていくように、麻衣は少しずつ“自分の居場所”を整えていく。柚葉に託す勇気。和菓子屋で深く息をつけた冷茶の香り。前回から続く、麻衣の“静かな選択”の物語。》朝、...
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【徹編】第二七話 赤が赤に見える朝

《誰の声だったのか、ずっとわからなかった。でも、今日は──少しだけ、色が見える。夏の朝、ふと崩れた湯切りのあとに訪れた、身体の奥に触れるような静かな時間の記録です。》日曜の朝。もっとも、最近は曜日の感覚がどこかへ行ってしまった。カレンダーを...
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読まれない小説の話

連日、35度を超える日が続いている。エアコンの効きが悪い部屋で、自分の小説を確認する。……相変わらず、ほとんど読まれていない。うん、知ってる。"夏だから暑い"のと同じレベルで読まれない。実際、素人の小説を読むとしたら──それも、いわゆる“ラ...
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ビールは冷蔵庫の奥

《何気ない日常の中で、言わなかったこと、言えなかったこと。手伝わない彼と、何も言わない私のあいだに、今日もテレビの音が流れている。……ビールは、冷蔵庫の奥にしておいた。》ごはんを食べ終わったあと、テーブルの上には、使い終わった皿とコップが残...
八ヶ月

【麻衣編】第二六話 それだけで、良かった

《「後で連絡入れますね」誰かの期待に応えることが、ずっと自分の“役目”だと思っていた。でも今は、それだけじゃ動けない。“誰のために選ぶのか”を、自分で決められるようになった日のこと。》猫ちゃん、おはよう。……なんか、ぬいぐるみなのにあったか...
八ヶ月

【徹編】第二六話 頼りない星の下で

《「……やってみるか」言葉が浮かびかけたとき、思わずつぶやいた。動けない時間の中で、それでも、少しずつ。》ただ、画面を見ている。手はキーボードの手前に置いたまま。それ以上、動かない。中葉 薫として、何を書けばいいんだろう。……そういうことじ...
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【麻衣編】第二五話 卵がなかっただけなんだけど

《「なんかね、順調だよ?大丈夫、だよね?」黙っていられなくなるくらい、静かな日だった。》朝、アラームの前に目が覚めた。お天気もいい。こんな日は、だいたい順調だ。……なのに、順調すぎる気がした。 そう、ちょっと前ならだいたい順調。今は、わから...
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【徹編】第二五話 やってしまいました

《「おい、どうした」「実は――」なんか嫌な予感がする。朝の静けさを破るノック。戸を開けると、後輩が“気をつけ”の姿勢で立っていた。その顔を見た瞬間から、胸の奥がざわついていた。いつも通りのノリ、だけど――今日は何かが違った。まさかあんなもの...
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【麻衣編】第二四話 ひとつだけ、届いた

《「今日、何したっけ」「届いたんだ」そう思えた夜のこと。》事務所を出るのが遅くなってしまった。トラブルってわけじゃないけれど、細々したことはいつもつきまとう。電気を落とすと、室内は一気に暗くなる。こんなに静かな場所だったっけ。……肩に、力が...